行きたい ! 立てたい !「のぼり」隊!第五回 ついに明かされる「大野瀬戸かき海道」の正体と誕生秘話の巻

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岡島盛夫商店

シリーズでお届けしている「大野瀬戸かき海道」の取材記事。今回が最終回です。
今回は「大野瀬戸かき海道」で、長く生産者・販売者として活躍され、漁協や他のかき生産者とも深い関係を築かれ続けてきた、まさに「大野瀬戸かき海道の父」とも言える人物。
「有限会社 岡島盛夫商店」の代表取締役である岡島盛夫(おかじまもりお)様にお話を聞きました。

大野のかきに込めてきた熱い想い。そして次の世代に託す未来と希望。
そして、ついに「大野瀬戸かき海道」というブランドと取り組みについて、語っていただくことができした。

岡島盛夫商店

    参考記事
  1. 行きたい ! 立てたい !「のぼり」隊!第一回「大野瀬戸かき海道」の巻
  2. 行きたい ! 立てたい !「のぼり」隊!第二回 「大野瀬戸かき海道」を五感で味わう黄金体験の巻
  3. 行きたい ! 立てたい !「のぼり」隊!第三回 かき小屋だけじゃない「大野瀬戸かき海道」の奥深さに迫るの巻
  4. 行きたい ! 立てたい !「のぼり」隊!第四回 「大野瀬戸かき海道」の意味とは何か?そこに込められた期待と願いの巻

いよいよ明かされる「大野瀬戸かき海道」の正体。
その真相に迫ります。

「大野瀬戸かき海道」西の玄関口で、かつて行われていた屋外広告展開

岡島盛夫商店の代表取締役は岡島盛夫さん、そして息子さんの正樹(まさき)さんが代表取締役を務められている「有限会社合同海産」、この二つが一つになり、営業されています。
お店の前には、ゆとりを持って車が停められる大きめの駐車場。
そして、その脇には「大野瀬戸かき海道」と書かれた、青く大きな看板がドンと設置されていました。

岡島盛夫商店

今まで取材させていただいた店舗のなかでも、ここまで目立って「大野瀬戸かき海道」と表示されたものはありませんでした。
これには「大野瀬戸かき海道」との強い関わりを、予感してしまいます。
「ついに、詳しい話が聞けるのではないか?」と、期待が高まりました。

実を言うと、こちらのお店。第一回目の取材記事の文中で、「店舗装飾の提案画像」として使用させていただいたお店だということは、「熱心なのぼりラボ読者」の方々にはピンときたのではないでしょうか(笑)

今回、再訪したのはそれから約1ヶ月後というタイミング。
いよいよ「かきシーズン」到来という時期だったのですが、何か特別な装飾や、広告が増えているようではありませんでした。
「大野瀬戸かき海道」とだけ書かれた看板は、調査している我々にとってはテンションが上がる代物です。
しかし、それが何を意味するものなのか伝わらなければ、いわゆる「一般の方」への訴求効果は今一歩。
前後に脈略もなく設置された看板一つでは、見落とされてしまうか、見られても印象に残らないと思われます。

こういった点に、我々は「非常にもったいない」と感じてしまいます。
前回までの取材を重ねる中で証明されてきた、認知度の低さを考えても、「ここで大野産のかきが買える・食べられる」と、分かりやすく表示を組み合わせながら、認知の向上に活かしたいところです。

岡島盛夫商店があるのは「大野瀬戸かき海道エリア」でも西端の地域、宮島からも数キロ離れた距離になると、ほとんど観光客は訪れなくなるそうです。
「昔は『大野の西の玄関口・岡島盛夫商店』と言って商売をしていました」と岡島さんご自身も言っておられました。

岡島盛夫さま

お店から近い距離には「宮浜温泉」という温泉があります。
そちらを訪れたお客様が買いに訪れることもあるそうですが、海沿いを走る国道2号線沿いという環境では、ドライバーの目に届きやすい屋外広告の設置を考えた方が効果が高いと思われます。
それもストップアンドゴーが頻繁な市街地ではなく、スピードに乗って走り去るドライバーへの訴求を考えると、シンプルでキャッチーな屋外広告を幾つか設置するカタチがベスト。
幸い、岡島盛夫商店の前には広めの駐車場があり、西側からだと視線を遮る物の無い緩やかなカーブになっていることで、目立つものがあれば、かなり遠くからでも認識できる環境です。

岡島盛夫商店

路面に連続したのぼりを立てるだけでも、高い訴求効果が期待できそうだと思っていたのですが…

岡島さん「警察に怒られました」

石川「えぇ!?」

過去に、国道に面した柵沿いにのぼりを立て、警察から注意されたことがあったそうです。
確かに、万が一のぼりが倒れて車にでも当たったら大変な責任問題ですし、何より重大事故にも繋がりかねません。
思いがけず、法規的に問題の無い安全な広告設置の原点から考えさせられることとなりましたが。
しかし遠方からも認識しやすい立地であることは大きな利点。
その活かし方については、店舗の装飾から屋上看板、堤防側ののぼり設置など、検討できる余地が多く残されていると感じました。

大野瀬戸かき海道の歴史。時代の流れの中で薄れていく熱意。

岡島さんが、かきの養殖を始められたのは、昭和40年代だったそうです。
大野町漁協でも活躍されながら、長い間かきや海と向き合いながら、大野産かきを広く全国のお客様にお届けし続けてきました。
そんな、「大野かきの歴史」と共に歩んで生きてこられた岡島さんは、「大野瀬戸かき海道」についてもよくご存知で、のぼりラボ取材チームは、ここでようやく、「大野瀬戸かき海道」の詳しいお話を聞くことができたのです。

岡島さん「「大野瀬戸かき海道」は、廿日市市議会議員の「広畑裕一郎(ひろはたゆういちろう)」という人が『かきを一般の人にも売れるようにしたら』と考えて立ち上げました。その時に、潮の流れが速く幅の狭い大野瀬戸が、まるで川のように見えること。そして国道2号線沿いにかき業者が多く並んでいることから「大野瀬戸かき海道」という名前になりました」

「大野瀬戸かき海道」という名前が生まれ、取り組みが始まったのが約10年前のこと。
我々が地域の中で見かけていた電柱看板や、海道の始まりと終わりを示す看板が設置されたのもその頃なのだそうです。

電柱看板

大看板

地域の名称でありながら、大野産かきを売り出すための「ブランド名」として、「お客様への小売事業」を促進する狙いもあったのだとか。
スタートした頃は、各事業者の名前が入ったのぼりも多く立てていたそうなのですが、残念ながら、現在は見ることができませんでした。
国道沿いにのぼりを立てる様な、各種法律的な問題が絡むケースもあるでしょう。
しかし、駐車場や敷地の中で続けられていても良さそうなのですが、それも時間の流れの中で、次第に無くなってしまったそうです。
「みんなが熱心ではなくなったのでしょうか」と、少し寂しそうに語る岡島さんが印象的でした。

岡島さん「やっぱり10年経つと人間の層が変わってきます。「人のためよりも自分のため」と考える人が多いのかも知れないですね。我々はグループで色々なことをやってきましたが、今の世代は少し考え方が違うのかも知れません」

「大野瀬戸かき海道」ののぼりは無くても、お店単位でそれぞれののぼりを立てているものは、幾つか見かけました。その現状に「商売だから」と言いながら、しかし「もっとチームワークが欲しい」と岡島さんは願います。

遂に登場!「大野瀬戸かき海道」の生みの親。誕生に込められた願いとは

お話をお聞きしていたお部屋のすぐ外では、「かきうち(かきの殻を開けて身を取り出す作業)」が行われていました。

岡島盛夫商店

熟練の技で次々とかきが剥き身にされていく様子は圧巻です。
そちらの様子も伺いながらお話を伺っていたのですが、ここで話が急展開!
岡島さんが「大野瀬戸かき海道」の生みの親である「広畑裕一郎さん」を、電話で呼び出してくださいました !
お忙しい中、わざわざ駆けつけてくださった広畑さんに、改めて「大野瀬戸かき海道」について、伺いました。

広畑さん「「大野瀬戸かき海道」は平成15年に設定しました。そして平成16年に商標登録を取得し、平成25年に更新しています。もともとは「広島かき」という括りの中から、「大野かき」をよりアピールしていくことが狙いだったんです」

また取材記事第二弾でも登場した「大野瀬戸かき海道パッケージ」についても、お話は広がります。

かき小屋てらいわ

    参考記事
  1. 行きたい ! 立てたい !「のぼり」隊!第三回 かき小屋だけじゃない「大野瀬戸かき海道」の奥深さに迫るの巻

広畑さん「大野瀬戸かき海道の商標登録とパッケージやアイテムは、大野町漁協と大野漁協に所属してるところにしか売っていません。要するに、大野で作ったかきにしか、このネーミングは使えません。個人使用は認めないことになっています。大野地域で作ったかきであることの証明ですね」

「大野瀬戸かき海道」スタート時にはパンフレット内に掲載するコメントをいただく為に、海道内のかき業者を一つ一つ訪問してお願いしたり、相当な努力があった様子。
組合を離れて廿日市市議会議員となられた現在、「大野瀬戸かき海道」について細かく指示を出せるような立場ではなくなったのですが、それでも毎年2月の第一日曜日に行われる「かきフェスティバル」には欠かさず参加されているそうです。

広畑さん「これだけは議員になろうがなるまいが一回も休んだことがありません。もう当たり前のことだと考えています。」

かきフェスティバルの実行委員会は漁協や地元の商工会や観光協会が組織するそうですが、漁協青年部の人数減少も大きく、開催に影響することもあるのだとか。
しかし、その中でも第一に考えるのは「訪れてくれるお客様」のこと。お客様がいかにかきを楽しみ、大野かきの魅力を感じてもらえるかということを考えて、お店の出し方やかきの売り方を考えていきたいと語っておられました。

大野瀬戸かき海道のこれから。想いが一つなら、決して実現不可能ではない未来。

現地取材調査4回目にして、のぼりラボはついに、「大野瀬戸かき海道」誕生の理由から取り組みの意味、そして込められた思いを、作られた本人から聞くことが出来ました。
「大野瀬戸かき海道」は、大野かきの魅力がより世の中に広く知られる願いが込められ、訪れたお客様が、バラエティに富んだお店の中から、気に入ったお店でかきを買いやすいようにという気持ちで設定されました。

「大野かきの魅力が広く知られるブランドとなって、もっとお客様が増えてほしい」
それは、今まで取材してきたかきを扱う業者の方々、全ての想いとも一致します。
それだけに、現在の施策が活かしきれず、存在が知られているとは言いがたい状態は非常に残念。
「どうしたら大野瀬戸かき海道が盛り上がるでしょうか」と率直に訊ねてみました。

岡島さん「昔と違って、今はチームワークが悪いと感じます。そしてリーダーとして声を上げる人も少ないですね」

「何事も協力の精神が無ければ動かない」と岡島さんはおっしゃり、広畑さんも「できればもっと一丸になってほしい」と願っています。
主催する漁協でも、普及活動を継続する必要は認識しているそうですが、なかなか動けていない様子でした。

広畑さん「組合も広告宣伝費が多いわけでは決してありません。しかし、何か小さな提案でもあれば、喜ぶのではないでしょうか」

大野のかきに込められた数々の思いを知り、それが「大野瀬戸かき海道」の理念と一致していると知った、我々のぼりラボ。
今回「大野瀬戸かき海道」取材の中で、大野で努力し活躍されている皆様の率直な声を、たくさん聞かせていただきました。
屋外広告を扱う者として、果たしてどのようなお手伝いが出来るのでしょうか。

例えば路面に連続してのぼりを立てることは、法律的な難しさがあります。
しかし、お店の駐車場や敷地内に、それぞれ1本でものぼりが立っていれば、何しろ36もの生産者があつまる地域です。
目に留まる機会は確実に増えて、一体感を感じさせる演出となることでしょう。

また、「「大野瀬戸かき海道」とは何か」ということ自体を、広く知らせることも必要です。
「大野産のかき」にしか使用できないブランド名としての意味や、なぜこのような名前になったのかという説明を大きく書いて、設置してみてもいいかも知れません。
また各生産者が、かき海道の意味を知り、「あそこに詳しい説明がありますよ」と案内できるように、情報を発信し続けることも大事です。

毎年2月の第一日曜日に、宮島競艇場の敷地内で行われ、毎年1万人以上が訪れる「かきフェスティバル」も絶好のアピール機会です。
広畑さんのお話によると、この時はのぼりを立てているそうなのですが、より「大野瀬戸かき海道」を一体的な取り組みとしてアピールできるように、テントや法被(はっぴ)、あるいはノベルティなどを巻き込んだ展開も印象的でしょう。

まずは文字通り「大野瀬戸かき海道の旗」を振り続けること。
そして同じ志を持つ生産者同士が、協力して自慢のかきを広めていく活動を続けること。
どれも地道な活動ですが、かき海道の持つポテンシャルは、今までの取材記事でお伝えしてきたように計り知れません。
より外に向けてアピールする手段を強化し続ければ、「大野瀬戸かき海道」を目当てにお客様が訪れる日は、決して遠くありません。

岡島盛夫商店

ご協力いただき、ありがとうございました。

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取材協力:有限会社 岡島盛夫商店
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代表電話:0829-54-0553 / FAX:0829-54-1231
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