シリーズ「屋外広告は風景だ」重要伝統的建造物群保存地区を巡って探る「屋外広告のあるべき目立ち方」とは?広島県呉市御手洗地区-【第1回】

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屋外広告を扱うプロとして、実際に自分の足で、屋外広告が設置される現地を巡り、「第一次情報」を拾い上げる「のぼりラボ取材企画」。
今回は、「風景に沿った屋外広告」を探る企画の、第二弾として、呉市御手洗の町並み保存地区を取材しました。

    第一弾で取り上げた「竹原市の町並み保存地区」の取材記事は、こちらです。
  1. 重要伝統的建造物群保存地区を巡って探る「屋外広告のあるべき目立ち方」とは?- 広島県竹原市-【第一回】
  2. 重要伝統的建造物群保存地区を巡って探る「屋外広告のあるべき目立ち方」とは?- 広島県竹原市-【第二回】
  3. 重要伝統的建造物群保存地区を巡って探る「屋外広告のあるべき目立ち方」とは?- 広島県竹原市-【第三回】

石川編集長が屋外広告の可能性と真剣勝負!
第一回 呉市御手洗町並み保存地区(広島県) その①

御手洗と石川

今回の取材先である御手洗は、「御手洗」と書いて「みたらい」と読みます。
この珍しい地名の町並み保存地区は、瀬戸内海に浮かぶ大崎下島(おおさきしもじま)にあります。
言うまでもありませんが、決して「おてあらい」などと読んではいけません。
まして「御手洗(みたらい)の御手洗(おてあらい)」なんて駄洒落は、おそらく古くから語り継がれる、ベタベタな「鉄板ネタ」でしょう。口にするにも覚悟が必要です。

御手洗はかつて、その立地から、貿易船の西廻り航路における、重要な拠点として発展してきました。
長距離を往来する船が多数停泊すると、船員たちを相手した商業が発展し、御手洗は「風待ち」「潮待ち」の中継港として、かなり賑わったそうです。
「御手洗」という少し変わった名前の由来にも、そんな船員たちによる賑わいが関係しているのだとか。
色々な説がありますが、その一つに「船から降りた人々が手を洗う港町」という意味で、「御手洗」という地名になった、という説が残っています。

また、御手洗には、もともと海だった場所を埋め立てながら、住宅や商店などの建物を造り、発展してきた歴史があります。
そのため、限られた土地を最大限に活用するために、建物が可能な限り密集し、道幅も必要最低限しか確保されてきませんでした。
そのために、御手洗の道は、その多くが「道」というもはや「路地」としか言えないほどに狭く、建物同士が密集しています。
これがもう、御手洗の町中に自動車で入り込もうなんて考えていたとしても、一目で「無理だ」と、断念してしまうほどの狭さなのです。

しかしその密度が、御手洗の町並みの特徴であり魅力でもあることも確かです。
町並み保存地区全体が、コンパクトに一体感を持っている感覚。
そして、その中に散りばめられた、御手洗独自の歴史を感じる史跡や建造物と次々出会える感動を、町自体が演出しているように感じられるのです。

広島市内から4つの橋を渡り、約2時間のドライブ。その長い移動距離を経てたどり着く町、御手洗。
その魅力や将来性、そして屋外広告の活用方法について、今回の取材では、ユニークな二つの取材先から探ります。

御手洗の町並み

空き家を再生し利用する中で、屋外広告の必要性を改めて実感。

突然ですが、ここで質問です。
こちらの写真、何の建物か分かりますか ?

御手洗_建物

実はこちらの建物、町並み保存地区にある「写真館」。最初に取材で訪れた「トムの写真館」さんです。
一般的イメージされる「町の写真館」とは、ちょっと違った印象を受けませんか?
見た目からは、どちらかと言うと、公共の施設とか、金融機関が連想される建物です。

それもそのはず。実はこの建物、最初は郵便局として建てられたものなのです。
そして時が経ち、いつからかJAの支所になっていたのですが、やがては空き家となって長い時間が過ぎていたそうです。
しかし去年(2015年)、写真家であるトムさんが東京から御手洗へ移住されて、この建物は再び息を吹き返しました。
トムさんは、この「元・郵便局」を写真館として再生し、利用されているのです。

そのような経歴を持つ建物ですので、「写真館」らしさがないのも当然と言えば、当然です。
ただ、目印となる看板、屋外広告もないために、何の建物なのか見た目だけで判断することができないという問題は残ります。
マップを見たり、関心をもって訪れなければ、通り過ぎてしまいそう…と言うか、実際に私たちも、危うく通り過ぎてしまいそうでした。

これはやはり、町並み保存地区として、情緒ある町並みをこわさず、保存しようとする、景観への意識が浸透しているからなのでしょうか。
「町並みに沿った屋外広告」について、トムさんに、詳しくお話を聞いてみました。

御手洗の美しさに移住を決意。町の人々のために、自分に出来ること。

トムさん

御手洗の地で「トムの写真館」をオープンされた、「トムさん」こと、カメラマンのトム宮川コールトンさんは、東京とイギリスで生活された後、奥様とともに御手洗へ移住されてきました。
イギリス人の父と日本人の母がご両親のトムさん。
異国と都会の視点を持つトムさんから、御手洗への思いや、今の暮らしについて、お話を聞くことができました。

トムさんは現在、ドキュメンタリー写真家として、全国誌の撮影や写真集の出版を続けられながら、御手洗を拠点として活躍されています。
以前は、東京で暮らしていたのですが、健康に暮らせる自然豊かな環境を求めて、移住を決意されました。
いろんな県から移住先の説明を聞くうち、広島県の説明で、始めて「御手洗」という場所の存在を知ったトムさんご夫婦。
穏やかな瀬戸内海と多島美が響きあう、御手洗の美しい風景に、感動されたのだそうです。

昨年の4月に、御手洗へ移り住まわれたトムさんは、「町のために、何か自分が力になれることはないだろうか」と考え、ご自身の「カメラマンのスキル」を活かした写真館を2015年の11月にオープンされました。
写真館内で販売されているポストカードは、トムさん自身が撮影された御手洗の風景。
何気ない一瞬を切り取った印象ですが、どれも美しく、心に残ります。

写真館_内装

また、地域に住む人のために始めた、証明写真撮影も大切な仕事になりました。
それまで御手洗地区には写真館がなくて、写真が必要な時には、別の島へ行かなければなりませんでした。
トムさんが写真館を始められてから、「とても便利になった」と、島民の皆さんから好評を得ているのだそうです。

撮影機材

「私にはカメラマンとしての役割があります。自分が撮影した写真をポストカードにすれば、御手洗のことを知ってもらえます。昔の御手洗の写真をポストカードにしても、観光の役に立つと思います」
と語るトムさん。島のため、御手洗のために自分ができることをしていきたいと、常に考えられていました。

トムさんと石川

町並み保存地区のルールの中で、かつての賑わいを想う。

町並み保存地区の行政指導について、訪ねたところ、やはり「ある程度の配慮は必要だった」と、教えていただきました。
例えば、灰色だった建物の外観を白く塗装する時には、行政の確認が必要だったそうです。

御手洗の町並み

「だけど、実際に町並みの奥にある歯医者さんはピンク色です。賑やかだったころの御手洗は、もっと派手な色だってあったと思います。これからの御手洗にも、新しい時代が来る中で、新しい色がどんどん生まれてくることでしょう」
と、トムさんは語ります。

確かに、御手洗がまだ町並み保存地区でなかった、栄えていた昔では、景観なんて気にする必要はありませんから、商売のために建物はもっとカラフルで屋外広告も多く用いられていたことでしょう。
当たり前ですが、御手洗も最初から、「景観を大切にした町並み保存地区」だったワケではありません。
これから新しい変化を見せる時に、町並みの色はどう変わるのでしょうか。
トムさんも、観光で来た人がもっと楽しめるような店舗があればと言います。

また、古い建物をリフォームする時、昔の建物に塗られていた元の色を調べ、それを再現する動きもあると、教えていただきました。
これは意外な、そして興味深いお話です。
昔の建物や町並みを再現するのであれば、当時用いられていた屋外広告を再現し、掲示することもまた、周囲の風景に沿った広告の形と言えます。

「最近は私もここが写真館という目印は必要だと感じています。そこで、考えているのは昭和レトロを感じさせる渋い店名看板です(笑)。行政の手続きは必要でしょうが、私のように昔の建物へ何か塗ったり、貼ったりなら、それほど難しくないと思います。今後はトイレを改装したり、中庭を整えたり、ここを写真好きの人が集まるサロンのようにしたいんです。来た人にゆっくりしてもらいたいから」

御手洗の町並みは竹原市と同じく、カメラを持って歩く人も多いそうです。
写真サークルのような団体もよく見られます。
写真好きな人が集まるスペースがあれば、きっと滞在時間も増えると思われます。

折角なので、のぼりラボで実際に看板を設置したイメージを作成してみました。
設置の参考になればと思いますが、同時に風景を活かす看板のイメージとして分かりやすいのではないでしょうか。

看板

「そうした人たちはSNSで情報も拡散してもらえます。電源とコーヒー、Wi-Fi環境を提供するかわりに、何か投稿するまで帰れない条件にしようかな(笑)」
トムさんのアイデアは、私たちと話しながらも、楽しくふくらんでいました。

瀬戸内海は日本の地中海。
外からの視点だからこそ見える、御手洗の魅力をアピールするために。

写真館内

「海外からの観光客も週末によく見かけます。これから増えてほしいですね。町では英語表記の看板も準備しているようです。今の雰囲気、暮らしは守りながら、発展するのが理想ですね。新しい施設や店舗にも、御手洗の良さを理解してもらう。それが次の歴史、ステージにつながるでしょう。課題はまだ存在と名前を知られていないこと、そして車がなければ来ることが難しいアクセスですね。大久野島がウサギで有名になったように、魅力や個性づくりが大切ですね」

撮影の仕事は御手洗を拠点にして続けていきたいと、トムさんは言います。
その一方で、尾道を含めた瀬戸内海東側の広範囲を打ち出しながら、御手洗の存在を高めることにも意欲的です。

「瀬戸内海はまだ海外の認知が不十分と思います。私に言わせれば、瀬戸内海は日本の地中海!近くにある「県民の浜」は美しいビーチです。東京の灰色の砂浜とは違い、ゴールドに輝いていることも、発信したいですね。欧米は海が好きな人がたくさん居ます。バカンスになると、裕福な人ほどビーチで過ごします」

「人が集まるような施設はいりません。リラックスできる砂浜が外国人は好きなのです。ゆっくりできれば満足。リラックスできる場所があることは、強いコンテンツになります。それに、近くの山に登れば瀬戸内海も眺望できる。可能性はたくさんあります」

地中海
瀬戸内海と似た部分も多いという地中海

「御手洗の魅力は夏だけじゃありません。寒くなると柑橘(かんきつ)類の収穫や魚介類も美味しくなります。それに、御手洗だけでなく、島全体の魅力も伝えたい。御手洗にはJAPANの歴史と文化とグルメがあります。今はまだ散策で終わってしまう観光地ですが、本当は建物だけでなく、住む人の意識も感じてほしいですね。建物の外にさりげなく生けられた花も、地域に住む女性の心配り。建物の見映えに命を吹き込むような地域の思いが、外から来た私にも強く感じられますよ」

御手洗は京都のような町並みとは違い、海に囲まれた島という特殊な環境があります。
入り組んだ路地は、地元の人でも、奥に入れば迷ってしまうほど複雑です。
「町並み」と言うより「町路地」。
さながら、美しい町並みを堪能しながら、さ迷うことが出来る迷宮です。
また御手洗の歴史の中では、「神聖な水が湧き出る、人が住んではいけない神聖な島」とされて、長く人が入れなかった、なんて話も残っています。
御手洗という地名にまつわる、数ある説の一つですが、御手洗をパワースポットとして、発信することもできるでしょう。
トムさんは瀬戸内海を「日本の地中海」だと例えられました。

御手洗には、まだまだ知られていない、世界に発信できるコンテンツがたくさんあります。
御手洗の町並み保存地区では、景観保存の意識を持ちながら、同時に御手洗を活性化したいという「攻めの姿勢」を感じました。
それは、時代が次々と変化する中で、御手洗もまた、変化し続けなければならないという意思とも言えるでしょう。
景観は守りながら、御手洗の魅力や豊富なコンテンツを、国内外を問わずに発信していくために何ができるのか。

例えば、英語に長けたトムさんは、御手洗を紹介するWEBサイトの英語版で、撮影とコンテンツの文章を担当されています。
グローバルな目線からの情報発信は、よそにも負けない、強いアピール力を持っています。

そして屋外広告にも、御手洗の魅力をアピールする力が求められています。
かつて、多くの商店や施設が立ち並び、賑わっていた御手洗で、屋外広告は日常風景だったことでしょう。
御手洗の豊かな歴史の中にあった、かつての屋外広告を再現し、現代の時代性にあわたアレンジができれば、それは御手洗の風景に沿った、意味のある屋外広告として、その力が発揮できることでしょう。
かつての色合いを再現しようとする動きもある中で、御手洗独自の歴史に裏打ちされた屋外広告の可能性を感じました。

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