【のぼりラボ番外編】暖簾が花嫁の笑顔と覚悟を彩る歴史。100年続く美しき「暖簾」文化のスケール感が凄い!

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のぼりラボは「のぼり」という名を関しているだけあって、この場で扱う話題というと、やはり当たり前ですが「のぼりについて」がメインとなります。
しかし、「店頭を飾る布製の広告物」という風にカテゴリーを狭めてみても、意外やまだまだのぼりと競合する存在があるものでして、例えばその一つに「暖簾(のれん)」という存在があります。

「暖簾(のれん)」と聞くと、どのようなモノをイメージされるでしょうか?
お店が営業中になると入り口に設置される「店頭暖簾」。
銭湯や温泉の入り口にある男湯、女湯と書かれた「湯暖簾」。
役者さんの楽屋や控え室の出入り口にかける「楽屋暖簾」というものもありますね。
どれも入り口(あるいは出口)にぶら下げるようにして取り付けられる布製のもので、お客様や用事のある人はその布をくぐって出入りします。

のぼり同様、日本国内で暖簾は特に珍しいものではありませんが、改めて考えてみると不思議なものです。
暖簾があるが故にお店の中は見え辛くなりますし、「暖簾を手で払って入る」というワンアクションは、明らかにスムーズな出入りを阻害しています。
確かに温泉や銭湯などでは暖簾の「目隠しとしての役割」は発揮されて然るべきですが、それにしたってレアケース。
言葉を濁さずストレートに直球勝負で表現するならば、これって明らかに「邪魔」なもの。
お店であればウェルカム感全開な姿勢でお客様を呼び込みたいのが本心な筈なのに、敢えて店内を隠し、窺い知られないようにしようという行為。
そんな「暖簾=邪魔な布」をお店の顔として設置する意図とは果たして何なのでしょうか?

今回は「のぼりラボ番外編」として一旦のぼりの話題を離れて、この不思議で奥が深い暖簾の魅力について紹介してみたいと思います。

暖簾のはじまりは平安時代!?のぼりに負けじと暖簾の歴史も深かった。

暖簾の由来について、その始まりは日除けや風が店内に吹き込むことを防止するために設置されたものであったと言われています。
暖簾が産声を上げたのは、のぼりと同時期。平安時代の末期と言われています。
発祥の地は京都という説が有力ですが、これも色々と諸説あるみたいです。

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冬の寒風を遮るに厚い布を用いれば、これに「暖簾(のれん)」という名を与え、逆に夏季の強い日差しを遮るためには涼しげな竹や葦を編んだものをかけ、これを「涼簾(りょうれん)」と呼んでいたそうです。
残念ながら今現在「涼簾」という名称は寺院などを除いて一般に使われなくなってしまったそうなのですが、現在ではただの「簾(すだれ)」という名称と変化し、夏の暑さを和らげる役割を果たしてくれています。

そして幸運にも(?)生き残った「暖簾」という名称。
本来は冬の冷たい風を遮るものであったこの布ですが、鎌倉時代には既に店舗の印(店印と呼ぶそうです)が描かれ、室町時代には絵柄や模様が描かれたモノが誕生。
やがて江戸時代になると、人々の識字率向上に牽引されるカタチで暖簾に文字も描かれはじめたとされています。
やがて暖簾自体も様々な大きさ形状、絵柄や文字の組み合わせと遊び心が花開き、現在のような形態へと暖簾は進化を続けてきました。

今では屋号を表す「暖簾名」という言葉で商店の信用・格式を示したり、「暖簾分け」などといった新たな意味を持った言葉も使われています。
他にも営業中と準備中(休業中)を一目で認識できる目印という役割も与えられて、暖簾は我々の生活と文化に深く根ざしたものとなりました。

地域、縁起、突然変異!暖簾の種類も千差万別。

あまり気にしたことも無いかも知れませんが、実は暖簾にだって色々な種類があるのです。
出入り口いっぱいを覆う形で、日差しや風は防げるけれども、中の様子が分かり辛くなる長暖簾。
その約半分くらいの長さだと半暖簾と呼ばれます。こちらは長暖簾に比べてお店の中が見えやすいですし、所謂「暖簾をくぐる」という感覚に近いものとなります。
暖簾と聞いてイメージされるのはこの形が多数派ではないでしょうか。
ラーメン屋さんやお蕎麦屋さん、お寿司屋さんなどの店頭でよく見られる形状ですね。

そして、軒先などに連続してかけられているものを水引暖簾と言います。カウンターと調理場の区切りにかけられているパターンもあります。
これは暖簾の「風や日差しを防ぐ」という暖簾の原点から大きく進化して「装飾」という役割に特化したものと言えます。

他にも暖簾には様々な形状が存在し、さらに関東と関西で仕立ての様式に違いがあると言うことも面白い事実です。
関東では共チチ仕立てと言って、言わば一般的なのぼりのようにチチと呼ばれる輪っかになったテープで棒に提げますが、関西では袋縫い仕立てと言って、暖簾の上辺に棒を通すトンネル状の袋を設ける方式が主流なのだそうです。

さらに暖簾には、何か所かスリットが入っています。スリットという表現が適切かどうかは分かりませんが、いわゆる生地の切れ目のことですね。
これは、人が暖簾を潜るときになるべく通りやすいよう配慮しているからなのですが、実はこの分割される数にも決まりごとがあることはご存知でしょうか?
布地を分割するときは縁起をかついで、4(死)や9(苦)という数字を避け、「4分割」や「9分割」とならないように配慮しているそうです。

のぼりと同じように、暖簾の向こう側にも深遠な世界が広がっているようで驚かされます。

花嫁のれん – 嫁入り道具に昇華した美しき暖簾文化があった。

ひとつ、ある意味で究極な暖簾文化が石川県を中心とした北陸地方に伝わっています。
それは「花嫁のれん」と呼ばれる婚礼儀式。

この花嫁のれんについて簡単に説明します。
まず、婚礼の前に花嫁が婚礼道具として加賀友禅で仕立てられたそれは見事で美しい「花嫁のれん」と呼ばれる暖簾を嫁ぎ先にお渡しします。 
そして婚礼当日、嫁ぎ先の仏間の入り口にその花嫁のれんを掛けてもらい、ご挨拶をするために花嫁はそれをくぐり、仏壇のご先祖にお参りし結婚の報告をした後、いよいよ結婚式に臨みます。 
この花嫁のれんをくぐる意味、それは花嫁が「嫁ぎ先で一生を過ごしていく覚悟」を示すものと伝わっています。

お披露目される期間は約1週間と短期間。
それにも関わらず、非常に高価で実用品ではないということもあってか、今日では母親から嫁ぐ娘へと自身の婚礼の際に用いた花嫁のれんを譲り、それが受け継がれているということもあるそうです。

そして、石川県ではそんな古くから美しき文化として継承されている花嫁のれんを展示・紹介する「花嫁のれん展」というものが行われています。
一枚でも豪華な花嫁のれんが、百数十も展示されており、それはそれは壮観な催しだということです。
今年(2016年)は4月29日から5月8日までの10日間で開催されるらしく、もし機会があればGWなどを利用してその豪華さや美しさを実際に体験してみるのも貴重な体験となり得るのではないでしょうか。

また、花嫁のれんについて調べてみて初めて知ったのですが「花嫁のれん」というドラマが過去に放映され、それにちなんで「花嫁のれん」の名を冠した特別な電車も金沢駅と和倉温泉駅の間で運行されているそうです。

凄いですね。暖簾が電車にまでなってしまいました。
我々も「のぼりラボ」として日々のぼりの素晴らしさを体験しているのですが、のぼりがドラマや電車になったという話は残念ながら聞いたことがありません。
悔しいので試しに「のぼり 電車」と検索をしてみたのですが、結果は「上り線の時刻表」とかいったものばかりでした。あぁ…求めている情報はそういうものでは無いというのに…

共に店頭を彩る布製の広告物として、これは暖簾に遅れをとった感は否めません。
われわれ「のぼりラボ」の目指す新たな野望が目覚めた瞬間でした。のぼりも電車にしなけば!「花嫁のぼり」の立案が急浮上です。

暖簾とのぼり。共に店頭を彩る仲間(ライバル)として活きること。

仲間と書いて「ライバル」と読み、強敵と書いて「友」と読む。
のぼりも暖簾も共に店頭を彩りお客様を呼び込む布製の集客アイテムに他なりません。
そして、古くからこの日本という文化の中で人々に親しまれ受け継がれ、それぞれに独自の進化を遂げた現在でも屋外広告アイテムの雄として様々な場面で活躍しています。
のぼりは風にはためきながらお店の魅力を広く宣伝し、同時に暖簾は風が店内に吹き込まないように入り口を守りながらお店の存在をアピール。
のぼりと暖簾。お互いがお互いの役割でもって、一つのお店を盛り上げています。

今回、暖簾について研究していく中で「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉が頭に浮びました。
のぼりラボとして、もちろん暖簾はのぼりの敵でもなければ戦う相手でもない仲間ですので、この言葉は適切で無いのかも知れません。
しかし、深遠な暖簾の世界を覗き込むことによって、その文化的背景も含めたのぼりとの対比が大変興味深く、日本独自の広告文化についてもっと包括的に知りたいという欲求がモリモリ沸いてきてしまいました。

いずれ「花嫁のぼり」が嫁入り道具に、ドラマに、電車に使われる日を夢見て。
のぼりラボは今後も引き続き研究を進めていきたいと思います。

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